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グロースをデザインするひと

FBIプロファイリング班に学ぶデータチームの動き方 『マインドハンター』

何年か前に買ってずっと積ん読状態だった『マインドハンター』を読みました。
かの有名なロバート・レスラーとともにFBIのプロファイリング研究の基礎を築いたジョン・ダグラスの著作。

著者のジョン・ダグラスの自伝とも言えるこの作品。
彼の半生とともに、FBIのプロファイリング班が組織の中でいかに生まれいかに成長していったかが膨大な数の事例と合わせて紹介されています。

後ほど語るとおり、この本はエンタメとして単純に面白い本です。

ただそれ以上に、この中で描かれているプロファイリング班の成長の過程の中に、企業におけるデータチームが学ぶべき点があるように思え、そこに特に感銘を受けました。

もちろん、連続殺人事件のプロファイリングと企業におけるデータ分析はまったくもって別物です。
しかし現状分析の上でプロジェクトの指針を示す役割を負うという共通点は無視できないと考えます。

以下、こじつけになるかもしれませんが、私自身が感じたそういった共通点について書いていきたいと思います。

データチームが学ぶべき点

個人の活動からの発展

1970年代の半ばにはロバート・レスラーもこの本の著者のジョン・ダグラスもFBIアカデミーの行動科学科に所属していました。
しかし、そこで重視されていたのは戦術にかかわる課(特に火気課がスター)であり、心理学や行動科学を犯罪学に応用するのは無益だと考えられていたそうです。

そんな中、両名は殺人者のことをより理解することを目的に、囚人へのインタビューを(勝手に)おこない始めます。

多くのインタビューの結果、犯罪者の心の動きと彼らが現場に残した証拠とを関連づけることができるようになった両名は非公式ではあるものの各部署からプロファイルの依頼を受けるようになりました。

はじめは非公式な業務として始まった心理学的なプロファイリングの依頼。
当時はまだFBIの多くの人びとにとってもまだ評価しにくい漠然とした概念でしたが、彼らに依頼をおこなった刑事たちへの調査の結果、公式に「行動科学課は、その卓越した仕事のゆえに賞賛されるべきである」との評価を得たそうです。


この流れについては、私自身の経験からとても感じ入るところがありました。

私は以前、グッドパッチというUIデザインの会社に所属していましたが、当時はクリエイティブに強い人材が多い反面、数字に強い人材がいない状態でした。
ちょうど数値分析が重視される案件がでてきた際に私はそれに参加し、幸いにもその中で一定の結果を出すことができました。

その後、(「FBIの行動科学科と同じ様に」という言い方は憚れますが)非公式にほかの案件の数値まわりの相談をよく受けるようになり、最終的にはシニアグロースデザイナーという肩書きとともに一つの部署ができあがることになりました(私一人しかその部署にはいませんでしたが……)。


明確な「データチーム」が存在しない会社もあると思います。
その中で、もし自分が数字に強く、データ分析によってプロジェクトを成功させる自信があればまずは非公式にでも自分から各プロジェクトに働きかける、という動き方をオススメします。
(「ちょっと数字見てあげるよ」でも「こういう切り口で見てみたらどう?」みたいなことでも)

現場との信頼関係

上記の流れの通り、FBI行動科学科でのプロファイリング業務が公式のものとなった大きな要因として現場の意見があります。

データチームが陥ってはいけない最悪の状況として、現場から「あいつらは現場のことをまったくわかってない」「まったく使い物にならないデータばかり示してくる」と思われてしまうことがあります。

FBIの中でも部署や他の法執行機関との縄張り争い、メンツの問題があったりするそうですが、データチームが問題を解決する際にもビジネス的な視点や人のしがらみまでしっかりと理解して、「それは正論だけど……。」みたいなことが起こらないようにしたいところです。


あいつらに相談したら上手くいったぞ」という事例を積み重ね、「なんか困ったときにはあいつらに相談しようぜ」という空気をいかに作り出すかは大事です。

正論だけでは人が動かないこともあり、企業の中でも「データさえ出していれば良いや」という態度ではなく「どう動けば問題は解決するのか」を一番に考える必要があります。


そういった意味で、著者のジョン・ダグラスが「行動科学捜査支援課」の課長になった際に、その部署名を「捜査支援課」に変更したのはとてもクレバーだと思います。
「方法はとりあえず置いておいて、オレらはお前らのためにがんばるぜ!」という気概が感じられますね。

教育

もともと行動科学科がFBIアカデミーの中にあるので当たり前ではありますが、本の中では教育の話もよく出てきます。

明記はされていませんが、教育を受けた警察官が実際にそれを活用して事件を解決に繋げていく中で、先述の「現場との信頼関係」がさらに強化されていったという流れもきっとあったかと思います。


「教育」という点は、私がグロースまわりの相談を受けるときに重視していることで「改善策を提案するだけではなくそれをネタに自分のノウハウをプロジェクトメンバーに伝えていければ良いな」と常に考えています。
私は「私がやっていることぐらい、PdMもデザイナーもみんな当たり前にできるようになって私の仕事なんて無くなってしまえば良い」と冗談めかしてたまに言っていますが、けっこう本心だったりします。

また、私もグッドパッチにいた頃に「グロース勉強会」という名前で毎週(途中から各週で)有志を募って勉強会を開いて私のノウハウを伝えていました。
参加してくれたメンバーが自分のプロジェクトに応用して結果を出していたのも嬉しかったですが、勉強会の中でメンバーとの信頼関係が大きくなっていくことも楽しみの一つではありました。

データを見て分析・提案していくだけでなく、そのノウハウを社内に広めていくこともデータチームの大事な役割ではないでしょうか。

取捨選択

あらためて言うまではないですが、人間のリソースは有限です。
著者のジョン・ダグラスは一時期、年間に150件もの事件の相談を受けていたそうですがその中で優先順位をしっかりと付けていました

直接その言葉では書かれていませんが、「重要度」と「効果効率」によって彼はその優先順位を決めていたようです。

重要度については、容疑者が活動しなくなったと思われる解決できなそうな事件よりも、さらに人命が失われそうな強姦殺人に時間を割く。
効果効率については、街にありふれた強盗殺人よりも、プロファイリングが活かせる事件に時間を割く。

データチームが動く際にもこれは参考になります。

ユーザ数1,000人のサービスよりはユーザ数1,000,000人のサービスの方が重要ですし、(データチームのメンバー次第ですが私の場合は)「Twitterでなんかバズらせたいんだよね」みたいな相談より「ここのコンバージョンをもうちょい上げたいんだよね」という相談のほうが成果が出せるのでそちらを優先したいところです。

繰り返しになりますが、人間のリソースは有限です。

現場の信頼を得るために「なんでもやります!」というポーズも必要ですが、より大きい結果を出してより大きい信頼を得るためにはこのような取捨選択は必要だと私は考えています。

エンタメとしての『マインドハンター

と、ここまで「データチームの動き方」の話をしてきましたが、それは置いておいてもこの本は単純にエンタメ作品としてもかなり楽しめました。

往年の『多重人格探偵サイコ』や『サイコメトラーEIJI』の中で展開されていたようなプロファイリングが次から次に出てきて飽きる暇がありません。
半端なところで休載したままの『サイコメトラー』の連載再開まだなの……。

私が「プロファイリング」という言葉を知ったのは上記の漫画からだったような記憶があります。
「とは言ってもこれは漫画だしかなり誇張されていて実際はこんなに特定できることなんてないだろう」と思っていましたが、現実のプロファイリングがかなり詳細なものであったのは驚かされました。

例えば、とある事件の犯人のプロファイルはこのような感じ。

 捜すべき男は二十歳から二十七歳のあいだ。通常、セックス殺人の場合、被害者が白人なら、犯人は白人である。しかし、そのあたりのアパート群にはもっぱら黒人とラテンアメリカ人が住み、白人女性が黒人女性にレイプされる事件が多発しているので、犯人が黒人である可能性が高い。
 犯人は結婚していないだろう。ほかの人に依存するか、搾取するかたちで暮らしている。これまでに彼が関係した女性は年下で、経験に乏しく、影響を受けやすい者ばかりだった。彼の知能は低く、学校の成績もぱっとしないが、街ではけんかが強く、すばしっこい。周りの人びとにはタフガイと思われたがっている。なるべく上等のものを着ていて、体は筋肉質である。
 犯人は、犯罪現場から歩いていけるくらいのところに住んでいる。低所得層むけの賃貸アパートだろう。はんぱな仕事についているが、同僚や上役ともめごとをよく起こす。すぐかっとなる性質なので、軍隊に入ったことはないか、入隊しても除隊処分になったに違いない。殺人の前科はないだろうが、押込や暴行はやっている。(中略)犯人にレイプか性的暴行の前科があるはずだ

もちろん、解決が上手くいった事件の上澄み部分だけがこの本に書かれているかも知れませんが、上記のような例がこの本には数十本も書かれていて圧巻です。

本のあとがきを読むまでまったく知らなかったのですが、この本をもとにしたドラマがNetflixにあるそうで。
www.netflix.com
デビッド・フィンチャーが監督している話もあるそうで、こちらもさっそく視聴したいところ。



最後に。本を読んでて痛感したけど。
アメリカ、連続殺人事件が多すぎでは……。