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it's an endless world.

グロースをデザインするひと

広瀬香美の発言から考えるケータイとSmartPhoneの未来

いつかそのうちマジメに書こうと思ってた内容を、このかなり酔っぱらっている状態で勢いで書いてみる。


twitterでの発言で知ったんだけど広瀬香美さんが本日iPhoneを購入したらしい。
で、この発言。


携帯電話と、愛ぽんを2台、持ち歩く人生になるのかな。合体しないのでしょうか。愛ぽん関係者のみなさん、そこの所、お答え願います。

これって、iPhoneを含めた多くのSmartPhoneユーザが抱えている問題じゃないかなと。


結論から言うと、個人的な意見としては「合体しない」と思う。


以下kwsk


と言うのも、これから先のケータイ/SmartPhoneの未来は

  • 自分の身体の拡張としてのケータイ
  • 自分の身体と向き合う、道具としてのSmartPhone

の2つの別々のものが別々に進化して行くべきだと考えているから。


前者は本当に本当に感覚器官の延長としてのケータイ。
日本のケータイって海外のケータイに比べてこの気が強い気がする。色んな精神科医や社会学者の研究結果にも出てたけど、特に若いコたちのケータイに対する感覚ってまさに自分の感覚器官あるいは指などの末端器官の延長みたいな感じらしく。SFっぽく言うと将来的には脳、あるいは身体の末端と同化してしまっても良いようなもの。攻殻機動隊SACなどの近未来SF作品にあるような、脳内で他人とコミュニケーションできる形が最終形としてあるのかも。
まったくもって、周りの人間とのコミュニケーションに特化した自分の身体の一部としての存在。


でもいくらそんな技術があったとしても、脳内でWordやExcelのファイルは作らないだろうし、PhotoshopやIllustlatorでデザイン作業しないしってのは確実にあって、そういった自分の身体と向き合って使う道具としてのデバイスのモバイル版としてのSmartPhoneがあると考えてる。マクルーハン的に言うと道具も自分の身体の拡張なんだろうけど、自分の感覚の延長か、それともそれと向き合うものなのか、って違いは大きいように思える。
あくまで、自分の身体の「外部」としてあつかわれる存在。


その点、オレも今使っている「infobar2」は上記の前者のものをキレイに目指したデザインをしてて凄い気に入ってたり。infobarの角張った外観に比べて、ケータイとしてはありえないくらいの有機的なフォルムが特徴のinfobar2。俺の論理の上では「ケータイ」としてのinforbar2がこういう形状をとったのは必然でありデザイナの深澤さんの素晴らしさかな、と。凄く「身体に馴染む」デザインしてる。凄い。


それに比べて、iPhoneをはじめとしたタッチパネルのSmartPhoneはやはりよく言われる通り「感覚的であるけど直感的ではない」と思う。物理キーは画面見ずとも操作できるけどタッチパネルは画面を見なきゃ操作できない。この差は、そのデバイスが「自分の延長かor自分と向き合うものか」ということを考える上で非常に重要かと。


で、今の日本のケータイってどっちつかずな状態になってるなー、と。
どっちかに特化した形でプロダクトデザインしていけば良いのにな、って本気で思う。


そしてiPhoneも。



日本のいわゆるガラパゴスケータイを「自分の身体の延長」と感じる人がいてもiPhoneをはじめとしたSmartPhoneにそんな感覚を持ってる人ってほとんどいないんじゃないかな?
これがオレが「ケータイとSmartPhoneが合体する日は無い」と思う理由です。


今の日本のケータイのようにどっちつかずなものを作るよりかどっちかに特化したデバイスを作る方が売れるんじゃないかなー、という素人考えでしたとさ。どんとはらい。